母が泣くのを見たのは、今までたった二回だけだ。
初めて母が涙を見せたのは、学生時代の親友の訃報を知ったときだった。
高校生だったワタシは戸惑いを隠せなかった。だって母は泣いたりしないと勝手に思い込んでいたから。
そして自分には母を慰める言葉が見つけられないことが悔しかった。
二度目は父が亡くなったとき。
病院で息を引き取った父を家に連れて帰ってきた晩のことだ。
家族だけになり、夜中の2時を回り疲れからすこし眠気が襲ってきたので横になった。
しばらくすると台所から母の泣く声が聞こえてきた。
押し殺した声ではない。手放しで泣いていた。
「どうして死んじゃったのよ、パパ」
それを背中で聞きながら気づかれないように声を殺してワタシも泣いていた。
一緒に手を取り合って泣きだしてしまったらもうどうにもならなくなってしまうような気がして怖かったのを覚えている。
看病に通っているあいだも息を引き取ったときにも泣かなかった母が、そのときだけは思いきり泣いたのだった。
今、親になったワタシはといえば実はもう2回はムスメの前で泣いている。
2才のころ、どうにも言うことを聞かず
どうしたらいいのかわからなくなってムスメの前で泣いた。
ムスメはびっくりして頭をなでてくれたっけ。
3年生の3学期、ムスメがどうしても学校に行きたくないと
不登校が続いた頃にもつらくて泣いた。
「なんでママが泣くの」と不思議そうな顔のムスメ。
なんだか情けない親である。
母がもう泣きませんように。
少なくともひとりでは泣きませんように。
ワタシももうムスメの前では涙を見せない。