10年前の、あの夏は酷く暑かった。
'95年の8月、ステージ4の脳腫瘍がみつかり
急遽ガンセンターに入院した父に会うため、ワタシは毎日仕事が終わると、
車を飛ばして駆け付けた。
下界は暑く、昼間の厳しい陽射しであたためられたアスファルトから
吐き出される熱気が音をたてそうな夕闇だったが、病棟は空調が効いていて快適だった。
父の夕食に付き合い、そのうちハハがパート先から来て、消灯まで一緒にいて、
それからハハと適当に外食して帰る。
食事を作る力も残っていなかったが、外食にも飽々していた。
そんなふうに夢中で過ぎてゆく毎日。
お盆を過ぎた頃、外泊許可がでた。
ハハは父のために、新しいエアコンを買い、ベッドを新調し、父の好きな食べ物を用意した。
父が半月ぶりに家に帰ってきた。父はとても嬉しそうにしていた。
子どもたちもみんな集まって、父の側にいた。何かするわけでもなく、話すわけでもなく、ただ父の傍らにいるだけでいい、そんな時間だった。
エアコンの効いた快適な部屋で、いつしかワタシたちは昼寝をした。父も眠ったのかどうかはわからない。子どもたちの寝顔を眺めていたのかもしれない。魔法がかかったように、みんなが気持ちよく眠った午後。
一泊の外泊はあっという間で、病院にもどらなければならない時間はすぐにやってくる。
あのとき父は子どもみたいにゴネたっけ。
結局、ハハが用意したベッドに父が寝たのはそれが最初で最後だった。
入院からたった1ヶ月と3日、父の病状は急変し、帰らぬ人となった。脳腫瘍はきれいに消えていたが、原発は亡くなってからわかった。肺癌だった。
父のお骨を拾うとき、肺の骨だけ色が異常だった。そういえば春先に、背中がイタイイタイと言っていたのに。
あの夏から10年目。今はハハがステージ4の乳癌を抱え、あの時買ったベッドに寝起きし、同じガンセンターに通い、治療を受けている。
今年の夏も酷暑だろうか。
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