春も夏も秋も冬も
あなたをずっとおもっている
笑いながらあるいていこう
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grow up


非常時でもオロオロしないこと。
感情よりも理論で行動できること。
すぐ怒りを露わにして人を操らないこと。
自分に起こっている出来事や自分の感情を俯瞰できること。
相手の気持ちを想像しつつ自分の問題と切り分けられること。
(いい意味で)鈍感であること。


Tak.さんのエントリー「成長すると良いでしょう」を読んで考えてみた「成長」のファクター。

だけど
たくさん傷ついたり
たくさん哀しい思いをしたり
たくさんつらい思いをしないと

こんなふうにはなれない気がする。

同じ映画をくりかえし観ることの考察。


こんなエントリーを書いたあと 
しばらくこれについて考えてた。


恋愛を別名保存するのが男 上書きするのが女。 
何度も観るのはその違いからだろうか?

たまには既に観たことのある映画を観ることもあるけれど
基本的にはまだ観たことのないものを観たいと思う。
映画は体験。別なシチュエーションで別な感情を揺らしたいのだ。

映画を観るとまるでダビングするかのように頭の中に巻き取られていく感覚がある。
映像を観るのには映画そのものと同じだけの時間を必要とするが
本は取り入れる速度と場所を自分でコントロールできるし
読んでいないときでも頭の中で読み返すかのような体験もできる。 

文章だと自分の目線で 映像だと俯瞰であることにも関係が?
男性は俯瞰的にものを見る傾向がある気がしてる。
女性は自分の目線でものを見てる。

(でもメールやメッセージは何度も読み返すよ・笑)

写真のネコ 手前がメスで奥がオスです。オス拗ねてますね(笑)


私がキャンプを好きじゃない3つのワケ。


キャンプは楽しい と みなさんおっしゃいますが
ワタクシどうにもキャンプに萌えないのです。
そこで理由を考えてみました。

1:料理を作って食べることがあまりにも日常であること。

誰かが作って後片付けまでやってくれるなら喜んで食べますけどね。
毎日毎日家でやってる やらなきゃならないことを
わざわざキャンプ場へ行ってまでやりたいと思えないんですよ うん。

2:道具や条件の揃わないアウトドアで料理する楽しみが見いだせないこと。

しかも慣れた自分のキッチンではなく。やりづらいのにわざわざ?
オマケに道具を運んで?後片付けも大変。疲れるばっかりだ。

3:テントの中が狭くて怖いこと。

これは自分が閉所恐怖症だから。
出入り口のファスナーをジーッと閉めた途端に居心地が悪くなり 
中で落ち着くことができないので こればかりはどうしようもない。
外で寝るー とテントからそそくさと出てしまったことがあります。
そのときは結局 車で寝ました。

キャンプってほんと「道楽」だと思うのです。
普段やってないことを 外でやるのが楽しい人には
このうえない楽しみなんだろうな。
子どもの頃はキャンプにも参加しましたが・・・
快適で清潔なホテルのベッドで身体を伸ばして眠る方が私にはシアワセ。
外で食事をするのも悪くはないけど 
それならばお弁当を持って行ってピクニックするほうがいいなあ。
わざわざ調理をしたいとは思わないのです。

というわけでおそらくこれからもキャンプをすることはないでしょう。

番外:虫が苦手なこと。キャンプに行くと虫との戦いが待っているから……


シロツメクサの花が咲いたら。


8才くらいの女の子がすれ違いざまに
シロツメクサで作ったブレスレットを得意げに見せてくれた。
「素敵ね」と私が言うと
満足そうに微笑んで女の子は走り去っていく。

ちょうどそんな感じ。

書いたり 撮ったり 話したりしたものを
こんなふうに「ほらね こんなのつくったの」と
見てもらいたがっている あの女の子とおんなじ。

いつも読んでくれて 見てくれて 聴いてくれて 
どうもありがとう。



Which do you like?


ハレ と ケ

日常があるから
非日常がキラキラと輝いて
非日常があるから
日常を生きていける

よくあるショート・ショートみたいに
どちらかひとつしか
えらべないとしたら
どうだろう

ものがたりのオチは
たいてい
ありふれた日常がいちばん
ということになっているけど





妄想。


こんな、妄想。

ごはんのしたくは整っている。
キッチンの鍋には今夜の料理がある。
ごはんも炊けている。
でも、わたしはいない。
もう、ここには、いない。

帰宅した家族がそれに気づくのは
何時だろう。

そんなことを考えてみた。
ライフログ。


2004年からやっているblogだけれど、
毎日必ず書く、というルールを自分に課さなかった。
だからその月によって、記事の本数がまちまち。
同じように当時からblogを続けている友人の過去記事を読んでいたら、
2011年3月11日の13時05分にアップされた記事を見つけてハッとしたり。
なんでもないことでも、記録しておく価値がある。そう思えた。
自分ときたら、その月に上げた記事はたった1本。
そして震災のあとはまったく書けていない。書けなかったのだ。
いいわけでいいから書いておけばよかったのに。
(だからあえていまここでいいわけしてみたり。)

記事が上がっていないときは
気持ちが落ちていて
「書けない」のです。
いわゆる「リア充」ではないのです。
逆に元気で充実しているときは、書ける。

身体を壊し休職していたときも、まったく書けなかった。
これはあたりまえ。でも、記録しておくべきだったかもしれない。

そう思ったら、これからも せっせと書かないとね。
(「書」っていう字がこれで9個目・笑)



壁にとまったハエ。


人から何かを言われて自分の中に湧き上がった感情、
たとえば怒り、だとか 落ち込み、だとか
おもにネガティヴなもの。
いったんはムカッと来たり、ずどーーーんと落ち込むのだけど、
数秒で
壁にとまったハエを見るように
ひゅううううううっとズームアウトする。
すると状況が見えてくる。

いま自分がムカッときたのはなぜ?
今自分が落ち込んだのはなぜ?

相手が自分の思うようにならなかったからだ。
相手はこう言ったけれど、180度逆の方向からモノを言えば
こんなふうにおちこまないかもしれないのに。
じゃあ、自分が誰かほかのひとに言うときはそういう言いかたをしてみようか。
そんなことを頭の中でぱぱぱぱぱっと考えるワザを
今ごろになってやっと身につけた!!!

いけるしかばねのようだった
ちるにーはメンタルが2ポイントあがった!(笑)

この「壁にとまったハエ」作戦は、最近『Journal of Experimental Social Psychology(実験社会心理学ジャーナル)』に掲載された論文 の中で、多くの場合に有効であると確認されているそうです。(ライフハッカー日本版より)








JUGEMテーマ:日記・一般


江戸っ子の孫として。
2004年に95才で亡くなった母方の祖母は
明治生まれの江戸っ子だった。
祖母の父、つまり曾祖父は
歌舞伎の小道具の仕事をしていたと聞いた。

先日、江戸しぐさについての講演を聴く機会があった。
てっきり 
所作、特に女性のものについてのお話かと思い込んでいたら、
そうではなく
むしろ日本人のアイデンティティについて考え、
もう一度江戸時代に立ち返ろうというテーマだった。
つまり江戸っ子の粋。
言葉にださずとも行動で思いを伝えること。
その日その日を大切に生きていくこと。

今までは 
いいことも言葉にしないと伝わらない、と思ってきたけれど
目から鱗。
日本人のいい意味での以心伝心の大切さを見直すいいきっかけになった。
こういうことは若い世代に対して
きちんと言葉にして伝えていかなければきっと消えて言ってしまうだろう。
周りの人たちへの感謝と思いやりを行動で示す方法を
知って欲しいと思った。
ムスメにうまく伝えていきたい。
4月1日。
3月31日と4月1日は
たった一日違うだけなのに
ぜんぜん気持ちが違う。
新年度のはじまり。
自分にとって、新年度というものに
あまりかかわりのない数年間を過ごしていたけど
今年は大きな変化が。

無理せず 自分らしく
焦らず
何事も ていねいに
やっていきたいと思います。

今年はどんな気持ちで
桜の花を
見るのでしょうか。
今年の桜は人生に一度きりなのです。

去年は震災のあとということもあって
あまり記憶に残っていないような気がして。
しっかり見て
記憶にとどめたいと思います。